ジキル島(日本経済新聞より)

ジキル島、FRB不信の原点 (グローバルViews)
ワシントン支局 河浪武史

2017/12/8 3:00 保存 共有 印刷その他

11月下旬、米連邦準備理事会(FRB)の議長交代が決まった後、米南部ジョージア州にあるジキル島を訪れた。小さなリゾート地の海辺に建つホテルには、やや堅苦しい「連邦準備(Federal Reserve)」と名付けられた小部屋がある。同ホテルによると、この部屋は今では時折、食事や会議に使うだけだという。にもかかわらず大仰な名前が付くのは、およそ1世紀前の1910年に、大物銀行家らがFRBを設立する極秘会議を開いた場所だからだ。

極秘会議が開かれた小部屋は「連邦準備」と名付けられている

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極秘会議が開かれた小部屋は「連邦準備」と名付けられている

会議に参加したのは6人。米議会で金融改革を主導したオルドリッチ議員のほか、モルガン家やロックフェラー財閥など金融界から専門家が集った。ニューヨークからジキル島に向かう列車には6人の専用車が用意され、移動には偽名を使う手の込みようだった。

10日間の会議では、今のFRBの骨格となるアイデアが出そろった。中央集権を嫌う国内事情から「中央銀行という名前は使わない」。さらに「独立した15の地域支部をワシントンで管轄する」「金融危機時に最後の貸し手として機能するため、単一通貨を創造して管理する」ことなどが決まった。

■民間銀行の介在を隠す

 連邦制を重んじる米国は1世紀前の当時、中央銀行を持たなかったため「ほぼ15年おきに金融パニックが起きた」(リッチモンド連銀)。中銀設立には資金力と人材、アイデアのある金融資本家が欠かせないが、国民感情は金融危機をたびたび起こす民間銀行には極めて冷たい。オルドリッチ氏らはFRB設立法案を成立させるため、同会議を極秘扱いにして民間銀行が介在していることを隠す必要があった。

FRBが設立されたのは1913年。ジキル島での会議の存在はその後、約20年間も秘せられた。それが、FRB設立に大手金融資本が関与していたことが表ざたになると、南部の農場経営者ら金融資本家と対立する勢力からは「ジキル島の陰謀」などと強い批判が持ち上がった。FRBは30年代に金融機関の救済に奔走するものの、大恐慌の発生を食い止められず、米国民全体の信頼も失った。「FRBは米国民ではなく銀行資本家のためにある」という不信感は、情報を隠した極秘会議と未曽有の大恐慌が重なり、拭いがたいものになった。

「金融政策の効果は、公共のためだけにFRBが行動するとの信認を得ることにかかっているのです」。2018年2月で退任することが決まったFRBのイエレン議長は11月初旬、ワシントンでの会合で切々と話した。

柔らかい物腰で知られ、金融市場からは強い続投要望が出されたイエレン議長だが、米世論調査によると、同氏の支持率(16年時点)は38%しかない。トランプ大統領の低支持率が問題視されるが、FRB議長も不人気ぶりが目立つ。バーナンキ前議長も任期中の平均は44%にすぎなかった。

1世紀前にFRB設立が協議されたジキル島のホテル(米ジョージア州)

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1世紀前にFRB設立が協議されたジキル島のホテル(米ジョージア州)

08年のリーマン・ショック時。FRBは大量の資金供給で大手銀行を経営破綻の淵から救ったものの、住宅ローンが支払えず持ち家を追われた低中所得層は少なくない。1930年代の大恐慌時と異なり、金融システムの維持という命題を果たしたFRBだが、1世紀前から続く米国民の不信感は金融危機で再び強まった。

■イエレン議長が目指した「正常化」

イエレン議長は2015年末に9年半ぶりの利上げを開始し、17年10月には量的緩和で膨らんだバランスシートの圧縮にも着手。「金融政策の正常化」が同議長の4年間の最大の功績となるだろう。ただ、イエレン氏が目指した「正常化」は金融政策だけでなく、FRBの組織の信頼回復にも向けられていた。

10年に副議長に就任すると、情報発信政策の責任者として矢継ぎ早に改革案をとりまとめた。11年にはFRB議長が米連邦公開市場委員会(FOMC)後に記者会見するようになり、12年にはFOMCの参加者が政策金利の先行きを予測して示す仕組みが採り入れられた。

それだけではない。FRBのホームページには「イエレン議長のカレンダー」というコーナーがあり、毎日の面会者や会議の時間帯まで細かく情報開示している。1990年代までは政策金利の発表すらせず秘密主義を貫いたFRBだが、今では主要国で最も透明な情報発信に力を入れる中銀の一つといえる。

与党・共和党内には、FRBの金融政策を議会が監査するという法案が繰り返し持ち上がる。政府が日銀の大規模金融緩和に頼る日本からみると理解が難しいが、そこには銀行資本家を利するために過度に金融緩和に偏るのではないかという伝統的なFRB不信がある。次期議長に指名されたパウエル氏は「中央銀行の独立性の維持を約束する」と議会で語ったが、FRBの信認回復という重い課題を引き継ぐことになる。

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